(秋風吹けば今宵も寒くなり、ただぽうっと飛び交う蛍の姿はとても美しかった。)
私は紅く染まる夕日を見てただただ仰向けで眺めていた。
愛されたかった故、愛したかった故の結果である。
主は本当に優しいお方だ。それ故、自分の味方を傷つけられただけですぐにお怒りになられる。
たいした傷でもない。だが、それだけで、自らを忘れるようにお怒りになられる。
(ああ、主もたいそうなお方で…なんといいましょうか)
既に感覚の無い右手は、ぴくぴくと痙攣を起こして、まるで主を探しているようだった。
無残にも粉々に破壊された自分の刀は先程の戦の激しさを物語っていた。
ただ何も言わないで漂う茜色の雲は切れ切れに視界の外へ逃げてゆく。
それさえも自分の愚かさを見放された気分を増幅させて、私は軽く舌打ちをした。
(何故、こんなことに…主よ、私なぞの為に無用な争いはお止め下さいませ…)
まだなんとか動ける左手で体をゆっくりと起こし、血の溢れ出る患部を自分の服を破り止血した。
止血した、といってもだいぶ大量の血を流した後なので視界はぼやけ、体はすっかり冷えきっていた。
腰に予備として差していた刀を地面に突き刺し、それに全体重をかけて立ち上がる。
やっと立ち上がったと思ったら、すぐにふら、と足元が崩れ地面に座り込んでしまった。
しばらく落ち着くまで座っていると、大きな声で鳴く烏が頭上を飛び交い、私の足元に舞い降りた。
ぼん、という音を立て煙幕を撒きながら男が現れた。
「大丈夫…じゃないか…立てる?」
優しく手を差し伸べてくれたのは、主の一番の忍び、佐助であった。
私の腕を肩にかけ、腰を持ち上げて立ちあがらせてくれた佐助は、私の体の冷たさに驚いた。
「冷たっ、こんなになって…今すぐに楽にしてあげるからね」
佐助は私をひょい、と軽々しく持ち上げると地面を思いっきり蹴り上げ、空中へ飛躍した。
ぶわ、と風が顔に覆い被さる。佐助は烏を呼び、その足に掴まって空を飛んだ。
血を溢したような夕日はどこか主に似ていて、安心感を与えてくれた。
子供の頃、まだ幼い主に仕え、楽しかった日々の記憶が突然溢れ出してきた。
遊んでくれと言われ、日が沈むまで遊び、一緒に叱られてくれと言われれば、二人並んで正座をし怒鳴られた。
主もすっかり大人びて、仕事を自分一人でこなすようになった。
佐助を雇い、常に傍におかせた。私はそれを遠くで見守るだけだった。
でもそれに対する嫉みは無かった。寧ろ安心を感じた。
(ああ、どうか無事で居てくださいませ…私の唯一の希望は貴方様が生きていてくださる事のみでございます…)
暫くの間、佐助に抱えられ空を飛んでいると、戦場の一部が真っ赤に燃え盛っていた。
激しい戦い。主と敵大将の一騎打ち。熱気が、上空の自分達に降りかかって来る。
佐助が掴まっていた烏が熱気にやられたのか、どんどんと力が抜けていき、地面へとゆっくり下がっていった。
「ちょ、もう少し…頑張ってよ!」
いきなりの事に焦った佐助がそう烏に呼びかけると、一瞬だけぐっと上へ上がった。
しかし、その力も虚しく風に煽られバランスを崩し、近くの林へと落下していった。
ばきばき、どすん。木の枝が折れ、地面に落ちる音。
佐助は私に負担がかからないように、着地をした。(といっても佐助は尻餅をついてしまったが)
遠くではまだ、戦地が燃えている。
熱く、赤く、激しく。
ぼやける視界の中、赤に染まりゆく空を味方に戦う主は、最早昔の面影は無く、ただ目の前の敵を斬ることしか出来ない殺人人形のようになっていた。
(早く…早く主を止めなければ…!このままでは…!)
力の入らない体を無理矢理叩き起こして、主の元へ少しづつ近づこうとした。
しかし、体は佐助に抱えられている為抵抗も殆ど抑えられ、少しばたばたと暴れる事しか出来なかった。
「あー…旦那のところへ行きたいのね…でも今行っても無駄だと思うなぁ」
「な、ぜ?」
「きっと今の旦那は正気を失っている…俺様が止めてくるからはここで大人しく待ってて、な?」
抱えられている状態から開放され、負担のかからないように地面に座らせられた。
「佐助、さ、ま」
「どうした?」
「どう、か、どうか主を…」
「分かってる、大丈夫だよ…」
佐助は私を軽く抱き、「だからここにいてくれよ」と耳元で囁き、立ちあがった。
ぴゅぃ、と口笛を鳴らし先程とは違う烏を呼んだ。
佐助はそれに掴まると燃える戦地の中心、主のいるもとへ飛んでいった。
どんどん小さくなってゆく佐助の姿をぼんやりとした視界に漂わせ、そのまま私は横になった。
そして、睡魔に身を預けるかのように瞳を閉じていった。
どのぐらいの時間が経ったのだろうか。
目を覚ますと愛しい主と佐助が背中合わせに座っていた。
主は鼻をぐじゅ、と啜り足もとの雑草を千切っては投げ、千切っては投げ、を繰り返していた。
「ゆき、むらさ…ま…?」
目の前にいる主に小さく呼びかけると、その声に過敏に反応して主は此方へ目を向けた。
「おお、目覚めたか?」
主は顔いっぱいに歓喜の笑みを浮べ、此方へ近寄ってきた。
「そなたの傷が心配で心配で堪らぬ…大丈夫でござるか?」
顔は笑っているのだが、目と声が笑っていない。寧ろ、それは怒りにも似た感情を孕んでいた。
「いえ、心配は無用に御座ります、それよりも幸村様は」
「某なら大丈夫」
(ああ、本当はこの方は無理をしているのではないでしょうか)
わざとらしい笑顔を作るほどだ。この方は本当に無理をなさっているに違いない、と思い私は佐助の方に目を向けた。
佐助は私の視線に気付いたのか、目だけでこっちを見てにこ、と笑った。
主とは対称的な笑い顔。悲しみのような、焦りのような。
しばらく佐助の方を見ていると、主は私の手を掴み、優しくそれでいて力強く握り締めた。
「幸村様?」
「そなたは、某だけを見ていれば良い、他の物は…」
「その美しい瞳には某以外の物を写させたくない」
私はゆっくり起きあがるとがばっ、と主が抱きついてきた。
「もう、某から離れるな」
「幸村様…」
汗と、土と、血(寧ろ鉄)の匂いがふわ、と鼻を貫いた。
残りの体力も少ないだろうに、それでも私を放さず、ずっと抱きしめつづけた。
私は主に全てを預けて、ただこの場にいることを、この世界の中にいることを感じた。
その間、佐助は気まずかったのか傷薬になるような雑草を探しに草木の中に消えていった。
気付いたら辺りはすっかり暗く、先程まで赤く染まっていた空は月を浮べて闇で空を覆っていた。
月は薄い雲で光りを遮られ、あまり明るくない光を地上へ放っていた。
「えーと、お二人さん」
雑草採りから戻ってきた佐助は両手いっぱいに薬草を抱えて私達に声をかけた。
「あっちに川があるんだけど、そっちで消毒やらなんやらしない?」
「ぬ、そうだな…すまぬな佐助」
川への移動を提案し、佐助は主に何かを伝えた。
「、某の背に乗るでござる」
「え、しかし…主が疲れて」
「某の事なら気にするな、さぁ」
主は私に背を向けて座った。
最初はためらったが、主が早くと急かすので私は恐る恐る主に乗っかった。
よいしょ、と私を背負いなおし、主は「では行こうか」と声をかけた。
「はい、あの…重くないでしょうか?」
そればかりが心配でしょうがなかった私に気付いたのか主は「あはは」と笑い始めた。
「何故笑うのです…!私は真剣に…」
「そんな事で心配していたのか?はは、全然、寧ろ軽いぐらいでござる!」
主は笑いながら歩みを進めた。
優しくて温かい背中。安心感を放っていて何処と無く懐かしさを感じさせた。
匂いも、温かさも、笑い声も。結局は昔と変わっておらず、全てが優しさに溢れていた。
うとうとと眠気に襲われそうになる。その時佐助が「見て!」と大きな声を出した。
「、見てみよ、とても美しいぞ!」
何事だと思い主の背中から降りると目の前に光るは無数の蛍の群れだった。
「わあ、美しい…初めてこんなにも美しいものを見た…」
「さあお二人さん、こっちへ来て消毒をするよ」
微笑みながら手でこっちへおいで、と誘う佐助のもとへ主の肩に腕を乗せてゆっくりと歩み寄る。
その間にも蛍が私の肩やうでに止まり、美しい黄色とも緑とも言えない色を放って輝いていた。
「さあ傷口を」
川で十分洗い、使えるようにすり潰した薬草を患部にすり込む。
痛みが激しく全身を駆け巡った。が主が手を握り「我慢せよ」と焦って囁きかけてくれたので耐える事が出来た。
私と主、それに佐助の処置を終え、私達三人は川に足を浸して月に酔いしれるかのように舞う蛍の光りにただ愛しさを覚えるだけだった。
「なあ、ちょっと相談があるんだけど」
佐助が静かに話しかけてくる。
「旦那さ、に話があるんだって」
「え…」
「それでさ、向こうの方が蛍が綺麗だから二人で行っておいでよ」
分かりました、と半分怪しいと思いながらも私は主のお召し物の裾とちょいと掴み
「向こうの方が蛍が綺麗ですよ、一緒に行きません?」
と主を促した。
「う、うぬ、佐助は良いのか?」
「俺様は暫くここにいるよ、二人で行ってきなよ」
佐助は私に目で「行ってらっしゃい」と合図をした。
私はさっきの処置のおかげでゆっくり(しかも危なっかしい)だが歩けるようになっていた。
無言で歩く。ただ、川の流れる音と虫の鳴く声が聞こえるだけであとは何も聞こえない。
少しの間そのままだった。
きっとその空気に耐えかねたのだろう。主が私の腕を掴むと恥ずかしげに手を握ってきた。
私は微かに熱を持っている主の手が愛しくて、強く握り返した。
主はぴたりと歩みを止め私の腕を引っ張った。
その勢いに身を任せ主の胸に包み込まれる。
「なあ、そなたは某のことをどう思っておる」
「え、私は…」
「某はな、そなたの事、愛しておるぞ」
「ゆ、幸村様?」
驚きを隠せない私は主の胸に抱かれたまま地面に押し倒された。
「その目、その鼻、その口元、仕草や匂い、全てが愛しい」
いつもと違う真面目な主。
一人の武士として。
一人の男として。
その真剣な眼差しからは逃げる事が出来なかった。
直視してくる主。ただそれは蛍と月の光に照らされて輝くばかりだった。
「、某はそなたを愛しておる」
「ずっと、ずっとだ」
私の頬を撫でる主の手は汗ばんでいて震えていた。
きっと初めての告白で、緊張していたのだろう。
「幸村様…私で宜しいのでしょうか」
「そなたがいい…某はそなたでないと厭なのだ、…駄目か?」
「いえ、寧ろ嬉しゅう御座います、幸村様が私の事をそう思ってくださったなんて…」
私は嬉しさのあまり涙を零してしまった。
それに焦った主は「泣くでない」と私の瞼の上に口付けを落とした。
「そなたは笑った顔が一番可愛いでござる…なあ…笑ってはくれないか」
先程頬を撫でていた手は頭の上に置かれ、優しく撫ぜてくれていた。
「幸村様、幸村様…私は…私は…」
声が震える。嬉しさと、愛しさと。さまざまな感情が入り込んでくる。
「よい、そのまま某と共に武田に天下を、そして共に人生を歩もうではないか」
ああ、この方は。
「はい…いつまでも貴方様と共に…」
主は私の顎に手を伸ばした。
ああ、と主は低く、優しく答えると私の唇の上に自分の唇を重ねた。
ねとりとした感覚。
歯が時々かつりとぶつかる。
舌を絡めとるような口付け。
主はいつこんなものを覚えたのだろうか。
互いの口を離すと主は熱を孕んだ唇を私の唇の軽く触れさせるように「愛しておるぞ」と語りかけた。
(夜空に漂う蛍火は、愛しさと寂しさを孕んで消えていった。)
蛍火のもと、我、愛しさを覚えた
(私が蛍なら、季節が変わろうと、命が短ろうとずっと光りつづける。)
はは初めての幸村でしたああ
キャラがまだいまいち掴めない…のです…
同じ人なのにキャラがころっと変わる瞬間っていいですよね。トキメク…!
ここまで読んでくださって有り難う御座いました!