機械音がしつこく鳴り響く部屋。

ヘッドホンから漏れる大音量の曲。(きっとこれは所謂アキバ系と言われるものであろう)

耳を破壊することができるであろうが、佐助はそれをものともせず歌いながらキーボードをしつこく打ち鳴らしていた。

「うっさい」

俺は一本の安物のカッターを見ながら佐助に言った。

しかしその声も、彼の耳に届く前にアイドル達の声でかき消されてしまった。


俺は「はあ」と溜息を溢し、佐助の座る椅子の方へ座りなおした。

「煩い!音量を下げろ!」


今度は音楽に負けないぐらいに怒鳴った。しかしまたも消されてしまった。

(こうなったら強硬手段しかねぇな)

そう思い、俺は立ちあがり、パソコンの電源を強制終了させた。


「あ!なにするんだよー!殺すぞー!」


佐助はヘッドホンを外し、首に掛け、隣で仁王立ちしてる俺に怒りをぶつけた。


「殺したきゃ殺せば良い、それよりも煩いから黙れと言うのが分からないのか」

「死ねー!きゃはは!俺の邪魔をしたいのー?おっもしれー!」


佐助は子供の様に高笑いをし、俺を指差す。


(コイツ…人がこれから死のうって時に呑気にしやがって…むかつく…)


「お前、此れが分からないのか?カッターだぞ、此れで手首を切るんだぞ」


佐助はカッターを見て暫くうーんと唸り、また高笑いを始めた。

「それで死ぬの?きゃははっ!そんなんで死ねないよー!それよりも首切って死ねばー?」

くるくる、と回転式の椅子で回りながら手足をバタバタさせて喜ぶ。

その度に佐助の足が俺の太腿に当たり、苛立ちを増幅させる。

仕事もしないし、部屋から出ないし、片付けや食事は全部母親に任せ…

「お前、いい加減働いたらどうだ?というか寧ろ部屋から出る事を学べ」


ん?と回転を止め、ふらふらしながら佐助は首を傾げた。


「仕事もしてるし、部屋からも出るよ!トイレとか、注文した物が来た時とか!」

え、と俺は微かに声を漏らし質問をした。


「部屋から出ろ、と言うよりは家から出ろ、が正しかったな、仕事…何をしてるんだ?」


以外にもこんな引き篭りが仕事をしてるなんて…きっとゲームのプログラマーとかか?と思いきや、

「ファンクラブ会員ナンバー1と動画のうぷ主やってる!すごいだろー!えっへん!」


あまりにも誇らしげに言うので「どこがだ」とは言えなかったが「まったく」と言う言葉だけは出た。

「ねぇ?死ぬの?死ぬの?殺してあげよっか?」

一見は純粋そうに見える表情で俺の顔を覗き込んでくる。が、長年の付き合いだ。その中にどす黒い何かを飼っているのが嫌でも分かる。

「そんな言葉遣いをするな、もう大人だろ?」


「あー!そんなこといってー!はうちのばばあみてぇ!きゃは!」


「ばばあじゃなくて『お母さん』だろ」

「いいんだよ!関係無いもん!あ、なーなー

まだ目が回っているのか、急に立った所為か、ふらりと倒れかけ、「きゃあ」と言って俺のシャツを掴んでバランスを取る。


んしょ、と体勢を整えて俺の腰に手をやった。


「ねぇねぇ、オトコノコって出来るのかなぁ?」

「なにがだ?」


もー!と佐助は頬を膨らまし、机の上の本をバン!と叩いた。


「これは…!!ば…馬鹿野郎!いきなり何を言い出すと思えば!」

「してみなきゃ分からないよね?」と佐助はにぃと笑い、俺を力いっぱい押し倒した。


さっき佐助が叩いた本。成人向けの、非常に教育上良くない本だ。


「―っ!痛ぇ」

「さあて、どっからいこうかなー」


佐助は嬉しそうに俺のシャツのボタンを順に外していった。


やめろ!と手を払い除けるが、あらーと言い、またも脱がし始めた。

「照れ屋さんなんだからー、ホントは嬉しいんでしょ?」


「違っ」と言いかけた瞬間佐助の顔がすぐ目の前に迫っていた。


「嘘」

佐助はそう言うと、ん、と声を漏らし俺に口付けた。


ふ、と吐息に混じって艶のある声が部屋に響く。


いやらしく、しつこく何度も舌を絡めようと佐助は、さっきから抵抗し続ける俺の両腕を力強く床に押しつけ、全体重で力を分散させた。


いつまでもくちゅくちゅと音を鳴らし、呼吸が出来ない程に深くしつこい口付け。


俺は唯一動かせる足で佐助を蹴り飛ばし、その束縛から逃げ出した。

「いったぁー、蹴るとかひどーい、もしかして気持ち良かった?」


「気持ち悪かった」


はあはあ、荒く息をし、口元を袖で拭う。

「不愉快だ、死ぬ前にこんな事」


「死ぬ死ぬってさっきから言ってるけどさあ」


佐助は床に落ちているカッターを掴み、親指の腹をぷつ、と切った。

丸く膨らむ真紅の粒。大きくなり、それを舌の先でぺろりと舐めとる。


「本当に死にたいんだったら、もっと絶対的な死に方を考えたりするよね?なんで?」

ちっ、と刃をしまい、ずい、と俺に寄って来た。


「お前には何も分からないだろう、鬱病になり、絶望感で満たされたこの心」


「心?」


そう言ったきり佐助は俯いて黙りこくってしまった。


少しの沈黙、ヘッドホンから漏れていた音楽が突然ぷつ、と切れた。

「あ」


少し鼻声になっている声でそう言い、首に掛けていたヘッドホンを床に叩きつけた。

ひくっ、ひくっ、と佐助はしゃっくりを繰り返す。

その中には微かに「お父さん」という単語が混じっていた。

ちき、とカッターの刃を出し、俺の頬を掠めた。


たら。と生暖かい血液が頬を伝う。


「とうさ…なんで…おとうさ…」


佐助はカッターを壁に投げつけ、両手で溢れる涙を拭いつづけた。


そんな佐助の姿を見て俺は、大分昔の事を思い出した。





佐助にはとても優しい両親がいる。いや、父親に関しては過去形になるだろう。


数年前、まだ佐助も俺も小さかった頃だ。

佐助の父親に連れられて海へ行った。

学校のこと、友達の事、好きな女の子の事…そんな他愛のない普通の会話をしていた。


どんなくだらない話しにも真剣に向き合ってくれる優しい父親だった。

佐助はそんな父親が大好きだった。勿論、俺も羨ましかった。

日が暮れかけた時、佐助が突然海の方へ走り出した。どうやら蟹を見つけたらしい。

わぁい!と喜びの声を上げ、追い駆け始めた。

ただの好奇心によっての行為の為、別に危険など感じず、佐助の父親と俺はただその姿を見ていた。

波打ち際まで逃げ切った蟹と追い駆けきった佐助。

ちぇーと下を見た時、一際光る綺麗な貝を見つけた。

それをしゃがんで掴み取ろうとした瞬間、高い波が佐助の体を飲み込み、沖の向こうまで連れて行かれてしまった。

「佐助!!」

佐助の父親は助けに行こうと急いで海に飛び込んだ。

俺は誰か助けてくれそうな大人を探した。転んで膝小僧を擦り剥いたのを良く覚えている。

近くを通りかかった警官に事情を話すと急いで海へ向かった。

そこにいたのは、苦しそうに咳をする佐助の姿だけだった。

「佐助…!大丈夫か?」

「けほ、けほ、…僕は大丈夫…それよりも、お父さんは?」

「お前を助けに海へ…」

その言葉を告げた瞬間、佐助の顔は血の気が引いて真っ青になった。

「…うさん、とうさん、お父さん!お父さん!!」

落ち着きを無くした佐助はずっと「お父さん!」と泣き叫びつづけた。

警官が急いで無線で上官だろうか、誰かに現状を報告した。

レスキュー隊が来て、幾ら待てども父親は発見されず、月が顔を出し捜索が一時終了されても佐助はずっと砂浜で泣きつづけた。

俺は父親が何時飛び込んだかなど、事情聴取を受けていた。

「帰ろう」

と佐助に呼びかけても

返事は無く、ずっとひっくひっくと泣いているままであった。





今、まさにあの頃と同じ状況だった。

気付いたら俺は佐助を抱きしめていた。しかも力いっぱい。

「……?いたいよ?」

「お前は一人じゃない、分かるだろ?だから、もう泣くな」

佐助はふぇ、と泣き声を漏らし、少し乾いてきた俺の切り口を指で触った。

「ありがとう、ご免ね?痛いでしょう?ごめんね…ごめんね…」

佐助は両目いっぱいに涙を溜め、精一杯に笑った。

「大丈夫だ、このぐらい、お前は動揺していた、しょうがない事だろ」

俺は更に抱きしめる腕に力をこめた。

ひゃあ、と佐助は声を上げぴく、とした。

「もう死ぬとか言わないで、お願い

「それは分からない」

え、と佐助は唖然とした。予想外の答えが返ってきたからであろうか。

「俺も病気だ、これはもう治らない、いつか勝手に死ぬかもしれない」

「なんで!ひどいよ!いなくならないで!」

必死に俺を説得させようとする佐助。

「体の病気は治せるかもしれない、でも俺の場合は心だぞ」

「うん、…だったら俺が治してあげる!」

え、と俺が言った瞬間、佐助は俺の腕を解いて、立ちあがった。

向かう先はカッターの落ちたところ。それを拾い上げて自分の手首に当てた。

のこと傷付けたくなったら、俺が代わりに傷つく、そうすればは綺麗でしょ?」

にこ?と佐助は笑い、す、と綺麗で白く細い手首に、紅い線を作る。

「ば!!やめろっ!」

ぱたた、と鮮血がカーペットそ染め、佐助は顔を顰めながら両膝を着いた。

「馬鹿野郎!なにしてんだ!」

が傷つくの嫌だから、だから俺は…」

そう言うと佐助はゆっくりと目を閉じていた。

溢れ出る血を、近くにあったタオルで止血。

(馬鹿…無茶しやがって…)

俺は佐助を抱きしめ、ぐす、と微かに鼻を啜った。















好きなものは好き     嫌いなものは嫌い


貴方はきっと好きなほう(のはず)




















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鬱な話しが書きたかったけど、結局よく分からない微妙な話しで終わってしまった…orz
本当はもっといちゃいちゃしてドン引きされるような話の予定でしたーわー
佐助を相手に書くと大体男主人公になるマジック!ありゃりゃ
ちなみに佐助はニートの設定だったのですが…うーん…主人公さんは佐助の部屋(家)で自殺未遂…?ぎゃー!
よく考えないで書いてた…