まだ妊娠しない。
まだ子供が欲しい。
まだ愛が欲しい。
ぽつりぽつり、小雨が降る窓の外。
旦那の事や昔の事などを頭の隅で考えていた。
(普通の夫だったら、妻の様子が気になってしょうがないものなんじゃないか)
ふぅ、と一つため息を溢すと雨音しかしない部屋に大きく電話の電子音が響いた。
少し大きなお腹を擦りながら椅子を立ちあがり、電話の受話器に手をかける。
「もしもし??」
久しぶりに聞いた懐かしい声。
暫く連絡のとっていない親友だった。
「あ、佐助」
「どーも、もしかして立って話してる?そうだったら座りなよ!体に悪いよ!」
「うん、ありがと」
佐助の優しい気遣いに甘えて椅子に腰掛ける。
「でも久しぶりだねーなんかもう結婚してるし子供もいるし…」
「まだ産まれてないけどねー」
「はは、まだ妊娠してそんなに経ってないんだよね?」
「うん、まだ二ヶ月ぐらい」
「でももう二ヶ月かぁ…あのが子供かぁ…」
「どういうこと?」
「だって昔から体が弱いし大人しいがさぁ、ね?」
「な…!別に…もう!」
ははは、と電話越しで大きく笑う佐助。それに誰かが注意をした。
「おい、佐助静かにしろ」と叱る声は、私の担当の伊達政宗先生だった。
「あれ?もしかして病院から電話かけてるの?」
「そうだよ…ってわぁ!何す「よぉ、元気か?」
無理矢理受話器を取られたのか、今度は佐助ではなく政宗先生の低い声が鼓膜を震わす。
「大丈夫か?つわりとか来てないか?」
「あ、さっき来て…今落ち着いたところです」
佐助とは違い落ち着いた低い声は私の気持ちも落ち着かせてくれる。
「さっき来たのか!?旦那はいないんだろ!?大丈夫か!?」
「はい、大丈夫です、なんとか…」
「あんまり無理すんなよ、なんかあったら電話しろ、何時でも出てやるから」
じゃあな、と言うとまた佐助に変わった。
「もう、無理矢理受話器を取るなんて酷いことするなぁ」
「あはは、政宗先生はそういう人だから」
「でも優しい、よなぁ」
「…あのね、佐助」
「ん?」
「今、うちに来てくれたら嬉しいな、なんて 思っちゃ駄目?」
しん、となった向こう側からぽつりと「ううん」と聞こえた。
「嫌だったらいいんだよ…ご免ね?」
「ううん、寧ろ嬉しいし!じゃあすぐに行くね」
じゃ!、というとガチャと電話を切り電子音が私を襲った。
きぃん、と耳元で響く音を「切」と書かれたボタンを軽く押して消した。
(子供か、旦那か。私は何が欲しくて結婚したんだろう)
受話器を元の場所に置いて、窓の外を見る。
雷が轟く。激しく降る雨。強い風。
(佐助に悪いことしたなぁ…この中を来てなんて)
ふと時計を見た。お昼近くになっている。
昼だというのに真っ暗の外に憂鬱を覚えて、台所へ足を運んだ。
冷蔵庫を見ると、固形のカレーが2人前(旦那と自分用に買ったものだがきっと旦那は帰ってこない)あった。
佐助は多分まだご飯は食べていないだろう、と思い、鍋に水を入れ始めた。
たっぷりと水が溜まったところで、それを火にかけ沸騰させる。
慣れた作業。機械的な、日常になっている。
買い物に行って、どうせ旦那はパチンコやらなんやらとで家に帰ってこないんだから、一人分だけ買えばいいのに…
いつも二人分買ってしまう。
その度に、寂しさと悲しさで目頭が熱くなる。
そんなことをぼうっと考えていたら、気付いたらお湯が沸いていた。
その中にカレーの塊を二人分入れた。
仲が良さそうにお湯に温められ溶けていくそれらは、きっと新婚はこんな風に仲が良いのだろうな、と連想させるようだった。
それがいつも憎くて、羨ましくて、妬ましくて…
嫌いだなんて言ってもそれらは生き物でないから意味もなく、ただ胸の奥底がぽっかりと開いたように寂しかった。
結婚した理由
子供が出来たから。
最初は旦那だって喜んでくれた。
優しかった。結婚しようと言ってくれた。
でも、結婚したら人が変わった。
暴力の嵐。家を抜け、遊びに暮れる日々。
死にたいと思った事だってある。
結婚しなければと思ったこともある。
ましてや子供なんか、と思うことなんか日常になっているぐらいだ。
(きっと今頃愛人でも作って遊んでいるだろうな…)
そう考えると視界が霞み始めた。
目頭が熱くなる。
(まただ、この感じ…泣いちゃ駄目だ…駄目だ…だ、め…)
我慢をしようとすると、余計に目が潤んでゆく。
(駄目だ…駄目だ…我慢…しなきゃ)
そう自分に言い聞かせると。手で顔を覆った。
指先に感じる熱。歪む視界。
私は急にふら、と立ち眩みをした。
吐き気、頭痛、いらつき。
さっききたばかりなのに、またつわりが私を襲う。
(気持ち悪い…嫌だ…この感じ)
頭を抱えながら床に座り込む。
悪い事を考えると余計に痛くなる。
そんなことは分かっている筈なのに、やっぱり頭の隅では旦那のこと、子供の事を考えてしまう。
産めなかったらどうしよう。
結婚しなかったらどうなってたんだろう。
そんな考えだけが脳内を駆け巡る。
頭痛と吐き気に襲われ横になる。
暗い部屋は私を潰す機会を待っているかのようにしん、と静まりかえっている。
零れ落ちる涙は床を濡らし、水溜りを作っていく。
どうしようもなく耐えられない痛み。子供のため。自分のため。
「あ゙っ、うぐ、ん゙あ゙!」
必死に痛みを堪えようと声を噛み殺すが、微かに漏れる苦しい声だけが部屋に響いた。
暫くそのまま耐えていると、ぴんぽん、とチャイムが鳴った。
「?大丈夫?」
ドア越しで聞こえる声。佐助の声だ。
「さず…う…けぇ…」
上手く言葉と為さない声に気付いたのか、佐助はドアノブを捻り、勢い良く開けた。
「鍵開いてた…!大丈夫か!?」
佐助は大きな声で私の事を呼んだ。
苦しそうにする私のもとに駆け寄り、抱き起こした。
「苦しいのか!?政宗先生に電話しないと!」
佐助は右手をジーパンのポケットに手を入れ携帯を探る。
「さすけ、雨の匂いする」
「風が強いからね、雨に少し濡れたんだ」
出てきた携帯で素早く病院に電話をかけ、「政宗先生を!」と大声で叫んだ。
「今政宗先生に電話してるからね、安心して」
佐助は少し濡れた顔でにこ、と笑うと電話の向こうへ焦りの混じった声で話始めた。
「佐助か?急にどうした」
「が…また倒れたんだ、つわりだと思うんだけど…」
「何!?そこにはいるか?」
「います」
「代われ!」
政宗先生がそう言うと、佐助は私に携帯を渡した。
「せんせ、いたい」
「無理するな、力を抜いて、深呼吸だ」
先生の言う通りに力を抜き、大きく息を吸って、吐いた。
「大丈夫だ、安心しろ、すぐに俺がそっちに行ってやるから、な?」
「うん、せんせ、プリン食べたい」
「はは、分かった、買ってこよう、大人しく寝てな、佐助に寝かせてもらうといい」
「うん」
「良い子だ、何かあったらまたいつでも電話しろよ、ok?」
「分かった、せんせ、ありがと」
「ああ」
ぷつ、と電話が切れた。
「先生は何て言ってた?」
「佐助に寝かせてもらいなさいって」
よし、と言うと佐助は私を抱きかかえて寝室へと向かった。
「おもくない?」
「心配しないでいいよ、全然大丈夫だし!」
気遣ってくれているのか、佐助は優しく微笑むとベッドの上へ優しく寝かせてくれた。
「あのね、つわりってね、精神的にきちゃうものが多いんだって」
「そうなの?」
「うん、だから自分のことを責めちゃ駄目だよ?寧ろ、自分は頑張ってる!って、ね?」
だから、と続けると、佐助は私の頬を撫でた。
「何でも言って、ね?甘えていいんだよ、我慢しないでね」
「うん、ありがと」
「暫く寝るといいよ、楽になる」
「うん、じゃあおやすみ」
おやすみ、佐助はそう言うとにこ、と笑ってくれた。
(頑張れ、頑張るんだ、こんなにも応援してくれてるじゃないか) (子供なんか、欲しくなかったのに、なんでこんな辛い思いを)
* * * * *
書けた!
ついに産婦人科パロ書けた!
本当は短編の筈だったのですが、妙に長くなりそうなので連載で行きたいと思います。
ぐだぐだになるかもしれませんが、頑張ります!
ちゃんとつわりとか妊娠についてのこと勉強して書くぞー!