Good bye & Thank you!


さようならわたしの青春  今までありがとう!










目の前に広がるは一面霧の世界。

しとしととしめやかに降る雨の雫。

湿った土の匂いが鼻を掠める。

背中に背負った相棒が濡れないようにと気を付けながら屋根の下に潜り込んで傘を窄める。

「あー」と軽く発声してみる。

少し鼻声のくぐもった声。

手が完全に出きってない長い袖を掴み、鼻を啜って透明なガラスのドアをゆっくりと押し開ける。

ぼんぼんの付いた可愛らしいニットの帽子を深く被り、黒と紫色のマフラーを長めに巻いて何枚も服を着重ねて…

他の人から見れば少し大袈裟に着込み過ぎに見られるその姿も、どこか愛らしく見える。

奥にある分厚い灰色の扉は「入るな」と言わんばかりの出で立ちで非常に入りにくい。

ぎぃ、と重たい音を発しながらその扉を開けると薄暗い照明が私を出迎えた


「遅いよーもう練習始めちゃうよ?」

「ご免ご免!タクシー代が無くてさ、電車と徒歩でここまで来た」

「徒歩て!大丈夫?長時間の戦いになるよ!?」

「だ…大丈夫…今日これで頑張らないと一生悔いが残るしね」

「…そうだね!さ、練習練習!」


ライブハウス「Eternity」。ここは私の原点。そして最後の晴れ舞台。

バンドを組む事になったきっかけは数年前、大学の先輩方の演奏を見てだった。

当時の派やリの曲や、懐かしのポップス…いろんな曲・歌を披露してくれた。

汗を流して歌うボーカル。それに合わせて最高の響きを奏でるギター。リズムを取って皆を盛り上げるドラム…

そのほかの楽器も皆笑いながら演奏してた。

「今年で最後」の一言で締めくくった四年生。格好良かった。思わず泣いてしまった。

憧れや感動が心の中で大きく孕み、それが爆発したかのような気持ちだった。

そして今、私はその先輩方と同じ立場にいる。

これで最後。このライブでもう私は終わりにする。

そう誓った。大好きなギターも歌も全部終わりにして、立派な社会人になろうと決意した。

だけど内心まだ辞めたくなかった。

沢山のコードが歩みを阻む。それすらも私は辞めるのを止めているように感じた。

少し厚めのブーツはまだぎこちなく、どこか自分は背伸びしているのではないだろうかと思う。


「最初は何から?」

「たしか…」


私達のバンドはレパートリーはそんなに豊富じゃない。

と言うのも、沢山の曲を弾くよりも、一曲一曲づつ上手に丁寧に演奏したいから、という思いだから。

相棒を机の上に降ろしケースの鍵を開ける。シックな大きい鍵は使用者以外開けさせないようにしっかりと閉じていた。

かちり、と鍵が開く音がすると中から愛用の真っ赤なアコギを出す。

これで最後だから。そう思い、昨日一日中磨いてた相棒。すごく輝いている。

自慢の綺麗な爪が傷つかないようにピックを使う。

チューニングは入念にして本番に望む。

マイクの方も入念にチェックする。ボーカルとして、マイクが壊れていたら話しにならない。

メンバーが賑やかに喋るこの空間。緊張が解され楽になれる。

全部、全部が私を癒し、落ち着かせる。

ふと、客席を見る。まだ誰も座っていないがらんとした席。この席は埋まるのだろうか、と少し不安になる。

後ろはいつもお世話になっている人や友人、あとファン(少し照れくさい)からの花束が綺麗に飾ってあった。


(こうやってしてくれる人がいるなんて…私達って幸せなんだなぁ)


ふふと笑い、私はそう思った。

アコギのコードを接続して肩紐を掛けピックを付け準備完了。

まずは最初の曲。最近の人気の曲。CMなどにもよく使われ、ほとんどの人が知ってると思われる。

チューニング。正確な音が出せるように音合わせ。

〜♪〜♪〜♪

じっくりと…正確に…

……

ホール中にギターの音がいっぱいに広がる。

みんなの音が丁度良い感じになる。

ゆっくりと音を合わせていたらドラムの元親が、私を心配して声をかけてきた。

「なんか今日の、少しいつもより緊張してないか?」

「え…そんなことないよ!ほら、雨だからなんかブルーな気分っていうか…」

「ふーん…そうか、まあうちの歌姫が緊張して歌えなくなったら困るからよ」

「あはは、ありがとう、大丈夫だよ」


心配してくれる仲間。本当にありがたい。

目の前のマイクを少し試すように「あーあー」と発声する。

なんだか今日の地声は少しいつもより低い気がした。

エレキ担当の政宗がミネラルウォーターを差し出す。

「一本じゃ足りねぇだろ?ほら」

「わわ、ありがとう、やっぱり政宗は分かってるね」

「何年も一緒にやってりゃ分かる」


にや、と政宗が笑う。

やっぱり、政宗はすごいや、と思った。

準備がいいというか優しいというかなんというか。

そうやって2人と話してると入り口が開いた。


「お・・・遅れてすまぬ!」

「旦那ってば寝坊しちゃったんだよ!ひどいよね!俺様まで巻き添えに…」

「佐助!それは何度も謝ったでござろう!それよりも本当にすまぬ!この通り!」


ベースの幸村、キーボードの佐助が遅れてきた。

遅刻の原因は幸村の寝坊。いつものことだ。

これでメンバーは全員揃った。

今度は幸村と佐助が急いでチューニングを始める。

が、私は「そんなに急がなくてもいいよ、ゆっくり音合わせてね」と言って二人を落ち着かせた。

ホールにベースとキーボードの音が響く。

佐助の繊細で優しい丁寧な音と違い幸村のベースは少し手馴れないような音を発している。

少し初々しいようなその音は可愛らしさを醸し出していた。





本番まで数分。

ずっと練習をしてきた。

この間まで小さなステージでちょこんと演奏をするだけだったのが、今では立派な広いホールで演奏できる。

頑張ってきた甲斐があったと思う。そして本当に今までこうやってメンバーと一緒に演奏できて幸せだったと思う。

もう少しで本番だと言うのになんだかもう泣けてくる。こういう時涙もろいと本当に辛い。

「おい、みんな集まれ」


政宗がいきなりみんなを呼んだ。

政宗は右腕を出した。

青いミサンガ。私がメンバーに作ってあげたやつだ。

佐助は緑、幸村は赤、元親は紫、私はオレンジ。

それぞれのイメージカラーで作ったミサンガ。

全員が腕を出しライブの成功を願う。

「みんな大丈夫?緊張してない?」

「Ha!緊張してるのはのほうじゃねぇのか?」

「政宗殿のぎたぁには負けないでござるよ!」

「旦那…別に勝ち負けとかないからね」

「おいおいおい!お前らぁ!そんなんでちゃんと演奏できるのかぁ?」

全員が次々に喋り出す。

なんだかこの感じが楽しいというか可笑しいというか。つい笑ってしまう。

「今日は本当に最高のライブにしようね!Are you ok?」

「「「「Ok!!!」」」」

全員で気合を入れると各自の楽器や道具を持って舞台裾まで足を進めた。





ライブハウスのオーナーが元気に私達の紹介をしてくれてる。


「では、どうぞお楽しみ下さい!」


一斉に観客が声をあげる。

それにのって私達はステージへ出る。

予想以上の客数。正直凄く緊張した。

けど、みんなと誓ったライブ成功をさせるため私は唾を飲み込みマイクに向かって大きな声を出した。


「今日は、私達friendshipのライブに来てくれてありがとう!!楽しんで行ってね!!」

少し恥ずかしかったけど、メンバーの顔を見渡すとみんな笑顔で答えてくれたからなんとか乗り越えられた。

一曲目。政宗がギターをかき鳴らすと観客は手を上げたりジャンプしたりしてくれた。

元親のドラムが軽快に響くなか、佐助のキーボードのソロが入る。

繊細で綺麗で美しい音を奏で、曲に色を付けてくれる。

幸村のまだ慣れないようなベースもだんだん上手になり、よくリズムがとれるようになってきた。

一曲目が終わり激しい歓声がホール中に響いた。

まだ一曲目なのにこの迫力。正直プレッシャーに押し潰されそうになった。

そのまま二曲目に入る。

二曲目は懐かしの曲を少し自分達流にアレンジしたもの。

練習通り。いや、練習以上の曲が弾けた。歌だって今までで一番良かった。

そのまま三曲目。

少し大人しめの感じの曲。

しっとりとした空間が広がり、みんなが落ち着いた。

そのあと四曲目、五曲目と続いていった。





長い時間が過ぎ去り、最後の曲になってしまった。

最後の曲は私達のオリジナルの曲。

慣れない作曲・作詞をメンバー全員でした、一番好きな曲。

最後の締めくくりに相応しいバラード。


歌いながら私は今までのことを思い出した。


わたしはいま好きな人がいる

初めてバンドを組んだのは大学一年生。

ずっとギターをやってきて、バンドに憧れてた。

初めてみたあの輝くステージ。

ボーカルやギターなどの美しいメロディ。

すべてが憧れだった。

でもこの気持ちはもう伝えられないの

バンド部に入ってみて優しく迎えてくれたメンバー。

みんな一年生だった。

先輩達のお手伝いや裏方のお仕事ばっかりだったけど、それでも私は楽しかった。


いくつもの月日を越え 私は夜空を見上げた

一年が過ぎ、幸村が一年生として佐助に勧誘されてバンド部へ入った。

ギターが上手いからって先輩達に誉められて初めてステージに立った。

緊張が全てを支配した。でも先輩達は優しくしてくれた。

眩い星たちはきっと真実を知っている

政宗や元親や佐助もそれぞれパートが出来た。

幸村はまだ裏方だったけど、影でこっそりベースの練習をしていた。

指使いが分からないって時々私に聞いてきた。

おどおどしながら弾く幸村。すごく可愛かった。


分かってるって 分かってたって

先輩達と一緒にステージに立って、今度はボーカルに憧れるようになった。

美しい伸びの良い歌声。

素敵だと思った。

それからずっとカラオケに通い詰めた。


でもどうしてもこみあげてくる星屑の涙

三年生になって、今までボーカルをやってた先輩とお別れをした。

憧れの人がいなくなってしまったと私はわんわん泣いた。

それでも新しいボーカルの先輩を見習っていこうと思った。

このまま知らないふりをして

そう思っていたらボーカルは先輩ではなく私ということになった。

それで不安と心配で一週間寝込んだ事がある。

でも、それでも私は期待を裏切らないようにと、またカラオケや練習で上達を目指した。


いつまであなたを待てばいいの

ある時立ち止まっていたら、去年のボーカルの先輩が遊びに来てくれた。

歌を歌う時のコツ、姿勢や基本をたくさん教えてくれた。

一緒に歌ってくれたりもしたし、CDをたくさん聞いてここはどう歌うかを一緒に考えてくれた。

憧れの先輩。大好きな先輩。ずっとこのまま一緒に居たかった。

分かってるって 分かってたって

ある日、その先輩はバイトの帰り、飲酒運転の車が先輩に突撃してきた。

先輩は亡くなった。

普通に考えられなかった。

大好きだったのに、憧れだったのに…!

私はその犯人を呪い殺そうと思った。

ショックで全然歌えなかった私に政宗が手紙を渡してきた。


もう会えないから

先輩が私に宛てたアドバイスいっぱい書いてある手紙だった。

先輩のバックの中から発見されたらしい。

急いで手紙を読むと、可愛らしい字でたくさんのアドバイスが書かれていた。

そして最後には「また一緒に練習しようね」という言葉と、この間撮った写真が入っていた。

ああ ならばわたしは星になろう

涙が止まらなかった。涙腺が壊れるかと思うぐらい涙が出た。

もう会えないって、そう思うと辛くて辛くて堪らなかった。

好き。好きだった。本当に大好きだった。

私は手紙を握り締めると外に飛び出した。


空であなたを探すの

ざあざあ降りの雨の中、傘も差さずに私は校舎と飛び出した。

すぐに先輩のお墓に向かった。

お葬式の時、今以上に涙が止まらなかった記憶が蘇る。

そこには綺麗な花がたくさん供えられていた。


ほかのひとといたって構わない

何もお供え物を持っていなかった私は、ただただお墓の前で立ち尽くすだけだった。

政宗が追いかけてきたのか、息を荒くして傘をさして私の後ろにいた。

私達は何も言わず、ただお墓を見つめた。

私はしゃがみ込んで手を合わせた。


ただわたしはあなたにこの気持ちを伝えられたらって

私、先輩の事がずっと大好きでした。

一緒に居るとすごく安心できるし、先輩のその温かい笑顔で何回も癒されました。

怒られるときもあったけど、それでも優しくいろんなことを教えてくれましたね。

歌のアドバイス、本当にありがとうございました。

先輩のひとつひとつの言葉、大事に胸に閉まってこれからも歌っていきたいと思います。

まだ、たくさん言いたいことがありますが、それはまた今度話しますね。

私はいつまでも先輩を目標に頑張っていきたいと思います。

本当に、いままでありがとうございました。

ずっと ずっと

そう語りかけて私は政宗に抱きついた。

止まらない涙、泣き顔を見せたくなかったから。

政宗は何も言わず頭を撫でて抱きしめてくれた。

夢みてる ずっと待ってる


そしてずっとこうやってバンドを続けてきた。

時々意見が食い違って喧嘩したり、四年生になって今までお世話になった先輩達とお別れをした。

今度は自分達がリーダーになった。一年生や後輩をひっぱっていけるか正直不安だった。

でも私は先輩の事を思いだし、頑張ってきた。

もし あなたにあえたなら

つまずいたって起こしてくれる仲間がいる。

落ち込んでも慰めてくれる仲間がいる。

そう思ってここまで来た。


汚れていてもいい その腕で抱きしめてくれますか


今私は、メンバーのため、お世話になったみんななため、先輩達のため、観客のため、そして自分自身のために歌っている。

声が枯れたっていい。喉が潰れたっていい。

それでも、悔いの残らないように全力で歌った。

嫌いでもいい それでもいいから 抱きしめてくれますか

気付いたら歌いながら泣いていた。

今まで自分達は本当に頑張ってきたと思う。

たくさんの人達に背中を押され、いろんな困難を乗り越えここまで来た。

ならば、最後まで努力を通してやろうと思った。

ずっとわたし待ってる あなたに会えるのを





歌い終わって気付くと、観客も泣いていた。

元親がマイクに向かってみんなにメッセージを言っていた。

「本当に、俺達はここまで頑張ってきたと思う、今まで…ありがとうございました!」

それにつられるように佐助と幸村も言う。

「俺さ、最初諦めようと思ったことがあったんだよね、でもみんなの支えがあったからここまで来れたんだと思う、いままでありがとうございました」


「某もまだみんなよりもひとつ年下なのにここまで引っ張ってもらって本当に幸せだったでござる!」


えへへ、幸村が鼻を啜ると政宗もメッセージを言った。


「本当に俺達はよくやったと思う、ここで終わるなんて思っちゃいねぇ、また復活してみんなを喜ばせてやるから、ここはいったん…ありがとう…な」


真っ赤になって政宗は後ろを向いてしまった。


「一年生からいろんな事があって大変だったけど、本当に私達は頑張ったと思う、なんか改めて言うと恥ずかしいね…えと、いままでありがとうございました!!」


私はマイクに向かって全力で語りかけて頭を下げた。

鳴りやまない拍手は少し胸が虚しくなった。






観客も全員帰り、メンバーはみんな無言で帰る仕度をした。

ただ響いたのは私と幸村の鼻を啜る音だけだった。





外に出るとすっかり晴れていてすがすがしかった。

少し息が白い。私は相棒を背負い上げると

「また、いつか」


さようならとは言わずにそう言って私達は最後の舞台に幕を閉じた。

















あとがき



うん。久しぶりに頑張った!

あんまり主人公の名前が出ませんでしたね…すみません。

やっぱり私に感動物は無理だと思いました…

また修行してきます。読んで下さってありがとうございました!